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契約・規約チェック

価格設定ミスで大量注文が!誤表示価格で注文を受けてしまった場合に店舗は販売を拒否できるの?

EC事業者にとって悪夢の価格設定ミス

EC事業者にとって最も恐ろしいことの一つは価格設定ミスでしょう。価格表示の0が一桁足りなかったばかりに90%オフの誤表示価格になってしまい、それに気づいた人達から大量注文を受ける事態となれば悪夢です。

そしてそのような事件は決して珍しくありません。中でも、かつてEC業界で大変な話題となったのが、2003年に起きた「丸紅ダイレクト事件」です。

この事件では、丸紅の直販サイト「丸紅ダイレクト」で、19万8,000円と表記するはずだったPCの価格が、間違って1万9,800円で設定されてしまいました。実に90%オフの激安価格です。この価格設定はネット掲示板を中心に大いに盛り上がり、約1000人の注文者から約1500台の注文があったそうです。

丸紅は当初、価格設定ミスを理由に注文のキャンセルを発表しましたが、ユーザーからの反発を受けて、誤表示価格での販売を決定しました。単純計算で、実に2億円以上の損失です。

丸紅はこの事件の翌年、丸紅ダイレクトを閉鎖します。もともと丸紅ダイレクトの運営は芳しくなかったようですが、価格設定ミスがきっかけとなって、大手企業が運営するECサイトが消滅したという衝撃的な事件でした。

そもそも、誤表示価格で注文を受けた場合、店舗は販売を拒否できるのでしょうか。丸紅のように、販売せざるを得ないのでしょうか。

誤表示価格で注文を受けても契約が成立していなければ、店舗は販売を拒否できる

そもそも、その価格でその商品を販売する、という内容の契約が成立していなければ、店舗は販売する義務を負いません。

そして、顧客がECサイト上の購入フォームに必要情報を入力して送信した段階では、まだ顧客から店舗に注文が出されただけなので、契約は成立していません。契約は、買い手からの注文に対して、売り手が承諾することで、成立するからです。

では、ECではいつの時点で契約が成立する(=店舗が注文を承諾したことになる)のでしょうか。

まず、ECサイト上の購入フォームに必要情報が入力されて送信された後、注文受付の画面上に、

下記の通りご注文を承りました。ご注文いただいた商品は○営業日以内に発送いたします。

といった表示がなされている場合は、この時点で契約が成立したことになるでしょう。画面上の表示が、店舗の承諾になるということです。

また、そのような画面上の表示がなくても、そのような内容のメールが自動送信されて顧客が受信した場合は、この時点で契約が成立したことになるでしょう。自動送信メールが、店舗の承諾になるということです。

皆さんのECサイトでは、注文受付の画面や自動送信メールにこういった記載がないでしょうか。

これは何も、価格設定ミスの場合だけ問題になる話ではありません。例えば在庫切れの商品をECサイト上に残していて、注文を受けてしまった場合でも、同様の問題が起きてしまいます(販売できない商品を契約したことになってしまいます)。

その対策としては、注文受付の画面では、あくまでも「下記の通り注文が送信されました。」と表示するに留めた方が良いです。

また、自動送信メールでも、

本メールは当サイトがお客様のご注文を受信したことを確認する通知であり、承諾通知ではありません。在庫等を確認の上、受注が可能な場合には改めて正式な承諾通知をお送りします。

と記載して、承諾の通知は在庫等の確認が済んでから改めて送る、ということを明確にした方が良いです。

こうしておけば、価格設定ミスで大量注文を受けても、注文受付の画面、自動送信メールの時点では、まだ契約が成立していないので、店舗は販売を拒否できるのです。

では、注文受付の画面や自動送信メールの記載が、店舗の承諾なのか明確でない場合は、どう判断すればいいのでしょうか。

その場合は、利用規約の記載から判断されることになります。

例えば利用規約に、

商品をご注文いただいた場合、お客様からのご注文は、当サイトに対する商品購入についての契約の申込みとなります。ご注文の受領確認とご注文内容を記載した 『ご注文の確認』メールが当サイトから送信されますが、お客様からの契約申込みに対する当サイトの承諾は、当サイトから商品が発送されたことをお知らせする『ご注文の発送』メールがお客様に送信されたときに成立します。

といった記載がある場合は、商品が発送されたことをお知らせする『ご注文の発送』メールが送信されるまでは、契約は成立していない(店舗は販売を拒否できる)ことになります。

もし、契約がいつの時点で成立するか、利用規約にはっきり書いていない場合は、利用規約をすぐに改定したほうが良いでしょう。

契約が成立していても、店舗は販売を拒否できる場合がある

では、契約が成立している(店舗の承諾が行われてしまっている)場合、店舗は販売を拒否できないのでしょうか。実はその場合でも、店舗が販売を拒否できる場合があります。

原則・・・勘違いは取り消せる

民法は、勘違いで法律行為をしてしまった人を救済するために、「錯誤取り消し」という制度を用意しています。勘違い(法律用語で「錯誤」)でしてしまった法律行為は、後から取り消せる、という制度です。

とはいえ、あらゆる勘違いを取り消せるとなると、流石に勘違いをした人を保護しすぎ(相手がかわいそう)なので、重要な事項に関する勘違い(法律用語で「要素の錯誤」)に限定されています。

もっとも、価格設定ミスの場合でいうと、価格というのは契約の中で一番大切な要素です。

そして、0が足りない(桁が誤っている)ような重大な価格設定ミスの場合、そんな金額で店舗としては販売する気などないでしょう。

というわけで、重大な価格設定ミスの場合は、取消ができる勘違いといえるでしょう。

(逆に、例えば1,980円の商品を1,900円で誤表示した場合だと、価格設定ミスとしては軽微なので、取り消しができる勘違いとは言えないでしょう)

例外・・・普通しないようなひどい勘違いは取り消せない

しかし、民法は、普通しないようなひどい勘違い(法律用語で「重過失」)のときは、取り消しができないと定めています。そんな場合まで取り消せるとなると、流石に勘違いをした人を保護しすぎ(相手がかわいそう)だからです。

そして、価格設定ミスの場合でいうと、価格というのは契約の中で一番重要な事項なので、設定にあたっては最大限注意すべきですし、ビジネスのプロであるはずの店舗が、自前のECサイトで価格設定をする場合であれば、ミスは起きてはいけません。

そうなると、ECサイトでの価格設定ミスはほとんどの場合、普通しないようなひどい勘違いといえるので、取り消せるケースは少ないでしょう。

例外の例外・・・相手が勘違いに気づいていた(普通は気づく)場合は、勘違いは取り消せる

しかし、話が二転三転してややこしいですが、民法は、相手が勘違いに気づいていた(普通は気づく)場合は、普通しないようなひどい勘違いであっても、取り消せるものとしています。そのような場合は取消しを認めても、相手がかわいそうとは言えないからです。

そして、0が足りない(桁が誤っている)ような重大な価格設定ミスの場合、そんな金額で購入できるはずがない、これは誤表示価格だ、と普通は気づくはずなので、結論としては店舗は取り消せる(販売を拒否できる)といえるでしょう。

価格設定ミスで大量注文を受けてしまった場合、具体的にどうすればよいのか

というわけで、法律上の理屈は以上のとおりですが、では実際に価格設定ミスで大量注文を受けてしまった場合、具体的にどうすればよいのでしょうか。

この点、いきなり上記の法律上の理屈を説明して販売を拒否するのは、得策ではありません。「小難しいことをごちゃごちゃ言うな」と反発されるだけでしょう。

まずはメールで、価格設定ミスに至った経緯を簡単に説明し、ご迷惑をおかけしたことをお詫びした上で、誤表示価格であるのでこの価格では販売を致しかねるが、通常価格であれば販売はできるので、通常価格で注文をされるか、それとも、通常価格であるならば注文はキャンセルされるか、どうされますか、と丁寧に尋ねるのが良いでしょう。

普通の相手であれば、注文をキャンセルして引き下がると思います。

一方で、誤表示価格で販売をせよと強硬に主張する相手に対しては、上記の法律上の理屈を元に、「そもそも契約は成立していないので店舗として販売する義務を負いません」 or 「民法の錯誤取消の制度により契約を取り消します」と説明すればよいでしょう。

それに対して、わざわざ手間をかけて裁判まで起こして誤表示価格での販売を求めてくる人は、普通はいないでしょう。

もしそんな人がいたとしたら、わざわざ手間をかけて裁判を起こすほどの激安価格ということでしょうから、上で解説した「例外の例外・・・相手が勘違いに気づいていた(普通は気づく)場合」に該当する可能性が高く、結局は裁判で錯誤取消が認められる可能性が高いです。

まとめ

以上のとおり、最終的には誤表示価格で商品を販売せずに済むとしても、このようなトラブルは顧客の信頼を失ったり、ネットで悪くレビューをされかねません。

価格設定は慎重に行うよう、くれぐれも注意してください。

執筆者:弁護士藤井総
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所

※本稿の記載内容は、2020年8月現在の法令・情報等に基づいています。

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WRITER
弁護士 小野 智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。EC企業からの相談に、法務にとどまらずビジネス目線でアドバイスを行っている。
また、企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約書をレビューする「契約審査サービス」を提供している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」